編集後記

紹介した本のことだけでなく、その回に考えていたことを書き残しています。書いた順に並べているので、上から読むと新しい回から、下へ行くほど前の回になります。

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命の車窓から2の書影
命の車窓から2 星野源

「最悪の気分がデフォルトでいい」という話ですね。いや、そうじゃないと逆に変だと思います。例えばビッグマネーを手にして子どもや孫に囲まれた生活をしていたとして、一歩家の外に出たら孫と同じ年齢の子どもが片足で物乞いをしている光景があるとしたら、それはもう幸せなわけがない(正気な人間であればですが)。日本ではそれを目にしないだけで、世界では普通にそれが起こっています。しかも自分がそれに加担している可能性すらある。どう考えても最悪です。それがベースにあった上で、生クリームたっぷりのパンケーキを求めることは許されるだろう、という。

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傷を愛せるかの書影
傷を愛せるか 宮地尚子

これは再投稿なのですが、1年くらい前に最初に書いた時、ぐったりと疲れたことを覚えています。なんかこう、精神にダメージをくらったというか。それに加えて、前回も今回もコメントへの返信が難しい……。簡単には返せるものじゃありません。著者の宮地さんをはじめ、こういった精神面での医療や福祉に携わる人たちが毎日これをやっているとしたら、それはもうとんでもないことだなと。しかし、社会に絶対に必要な存在だと思います。

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私たちはみんな、失敗を知っているの書影
私たちはみんな、失敗を知っている 白石果林 / 小指 /こだま / 野口理恵 /村井光男 /

(ややこしい話になります)過去とはつまり、自分史(自分の歴史)なわけですが、これを「デジタル上の文章でできたひと連なりの物語」として捉えるならば、後から自分でいくらでも書き換えが可能です。過去の失敗も、現在成功しているならその要因として位置付け、書き直すこともできます。実際そういう考え方の人もいますし、それが前向きな態度だとされています。でも個人的には、過去とは本来それぞれ独立したものであり、その都度一枚ずつ紙として出力されているイメージなんですよね。書き換え不可能なそれが、折り重なっているのが自分史だというイメージです。積み重なったその「厚み」が大人である、というか……。それを書こうとしたんだと思います。書けてるのかな……。難しかったな……。

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世界音痴の書影
世界音痴 穂村弘

楽しみにしていた映画やライブが始まった瞬間「早く終わらないかな」と思ってしまう。この謎の感情について鮮やか過ぎる解答を穗村さんから得たわけですが、これを抽象化すると「不可解な感情は、多くの場合、身体反応から来ている」ということになります。この気づきが何よりデカい。場違いな感情って、生きていく中でけっこう感じるので。

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世界を、こんなふうに見てごらんの書影
世界を、こんなふうに見てごらん 日高敏隆

その人の性格は、長い間かけて形成された「心の守り方」であると。つまり生きのびるために、そうならざるを得なかった心の形だということなんですが、まあ極論は極論です。「そういう見方も出来るよね」くらいに捉えてもらえればなと思います。しかも、著者の日高先生が直接的にそう言っているわけではなく、昆虫の身体の構造から私がそう連想しただけの話です。

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わたしの容れものの書影
わたしの容れもの 角田光代

軽く笑ってもらえたらいいなと思って書いたんですが、思った以上の反響でした。「私の母もそう」「私の義母もそう」「私の姉もそう」「私もそう」という声が多く、こりゃもう、ほとんどの女性がそうなんだなと思ったんですが、ひとりだけ「私の父もそう」という人がいて、これは私も気をつけねばならんぞと思いました笑。

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きれはしの書影
きれはし ヒコロヒー

ヒコロヒーさんのエッセイの一節から、無理矢理自分のテーマに繋げたわけですが、最後にまたヒコロヒーさんの文章を引用した時、完璧な終わり方ができたと思いました。偶然の要素が強いですが。

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親孝行プレイの書影
親孝行プレイ みうらじゅん

みうらじゅんさんのすごいところは、「言葉の置き換えによる実用的なライフハック術」を数多く生み出しているところだと思います。これは卓越した抽象思考の為せる技です。誰も出来ませんよ、こんなこと。

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バラバラな世界で共に生きる 〜リチャード・ローティの哲学〜の書影
バラバラな世界で共に生きる 〜リチャード・ローティの哲学〜 朱 喜哲

「終極の語彙」という言葉に惹かれました。それがなぜかを聞かれても答えられない、その人の理由の終着点ということですが、それが私たちはバラバラであると。保守とリベラルも、思想的には相容れないけど、実はこの終極の語彙ではわかり合える可能性がある、という視点も非常にユニークで希望を感じました。

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うその書影
うそ 中山信一

「うそでしか言えない本当のことがある」という一文を読んで、この投稿を構成が一気にできました。本音と嘘、どちらがその人の「本当」なんでしょうか。

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社会人大学人見知り学部卒業見込の書影
社会人大学人見知り学部卒業見込 若林正恭

「誰も見ていないが、自分が自分を見ている」この一文をこのエッセイで読んでから、明確に自分の中の「もう一人の自分」を意識するようになりました。確かにそいつが常に自分を見ているなと。でもこいつって一体誰なんだ?本当に自分か?というのは未だわかりません。

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おとなになるってどんなこと?の書影
おとなになるってどんなこと? 吉本ばなな

苦しまぎれ、時間ギリギリで書き上げた記憶があります。にも関わらず、驚くほど大きな反響がありました。わかんないもんだなと。あとはやはり、読んでくれる皆さんが「自分」というものに興味がある、自分のことを知りたいと思っていることを実感しました。

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バカと無知の書影
バカと無知 橘玲

グリーンボール事件を書きたかっただけなんですが、「無知の無知(二重の無知)」というテーマにたまたま辿り着いて、それからずっとこのことを考えています。私が抱いている恐怖の根源は、これなんだろうと思います。

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にょっ記の書影
にょっ記 穂村弘

「ただの偶然じゃない。因果関係がある」と考えるのは非常に陰謀論っぽいですよね。陰謀論は嫌いですが、こういうどうでもいいことに関係性を見い出す穗村さんの感覚は好きです。

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