編集後記

紹介した本のことだけでなく、その回に考えていたことを書き残しています。書いた順に並べているので、上から読むと新しい回から、下へ行くほど前の回になります。

71本

いのちの車窓からの書影
いのちの車窓から 星野 源

良い文章とは正直な文章であり、正直に書くには、実は「技術」が必要である。という話ですね。これはおそらく、誰かに読ませることを目的に書いている人にしか伝わらない事実だと思います。いつも不思議だなと思ってます。

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働きざかりの心理学の書影
働きざかりの心理学 河合隼雄

「絵とは模倣ではなく発想である」という考え方を小学5年生の段階でM君に教えてもらいました。で、自分にはその素養がなかった。少なくとも当時はそう感じました。でも、その視点で創作物を見るようになった気がします。これは自分にとって、あまりにも大きなことです。

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夫は松田龍平じゃないけれどの書影
夫は松田龍平じゃないけれど 堀静香

他の人はそこまでじゃないのに、自分だけが異常に落ち込んでしまうことを「落胆の急所」と名付けてコラムを展開したわけですが、コメントを読んでいると「他の人よりもそれに対して大きく期待してしまっていること」とイコールなんだなと感じました。なので、それが果たせなかった時に人よりも落胆の度合いが大きくなると。なるほどなと。

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夜中の薔薇の書影
夜中の薔薇 向田邦子

岡田斗司夫さんの、この「65歳から人生の伏線回収が始まる」という動画を見た次の日に、向田邦子さんの「夜中の薔薇」を読みました。これはまさに人生の伏線回収だと思ったので、この投稿に繋がりました。こんな幸福なことって滅多にないので、非常にラッキーでした。自分としても非常に好きな投稿です。

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無理をして生きてきた人の書影
無理をして生きてきた人 加藤諦三

加藤先生のもう一つの厳しい見解をご紹介します。「子どもの不登校の相談は多い。相談にきた人に『夫婦関係は?』と聞くと、『いえ、子どもの不登校の相談です』と反発する人がいる。こう答えることが不登校の原因である。」いやあ、キレがすごいです。

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無恥の恥の書影
無恥の恥 酒井順子

「全てのエッセイは自慢話である」強いですねえ。そしてその通りだと思います。それにしても、酒井順子さんは性格が悪い。性格の悪い私が思うくらいだからよっぽどです。物事をとにかく斜めに、また穿って見ています。でも、だからこそ面白い。逆に、そういう視点を持った人の書いたものじゃないと面白くないと思います。だとしたら「全ての面白いエッセイは、性格の悪い人の自慢話である」と言えそうです。

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わたしのなかにある巨大な星の書影
わたしのなかにある巨大な星 伊藤紺

伊藤紺という才能に出会えたのは運が良かったと思います。本当にたまたま手に取りました。かわいらしい表紙に騙されました。東京にはこんな人がゴロゴロいるんでしょうか。何が凄いのかを言葉にしようかなと思いましたがやめました。とにかく強えです。

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帳の向こうの書影
帳の向こう 國分功一郎・若林正恭

このHPのコラムでも書いたんですが、本書のテーマでもある、若林さんが持っている「ネオリベ的な社会のムードへの拒否感」というのが「男性的」な悩みなのか、性別関係なく全員が持っているのか、それがわからなかったです。だから難しかった。全員に伝わるようにネオリベという言葉は出さず「競争社会」という表現に統一しましたが、少し薄まった気もしています。

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悲しみの秘義の書影
悲しみの秘義 若松英輔

これを書いた後、久しぶりに読み返そうと思ったら本棚にありませんでした。キラーマシン時代に本屋さんの棚を借りて古本として売ったのを思い出しました。売るんじゃなかった……。また買います。

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じゃあ君が好きの書影
じゃあ君が好き ヨシタケ シンスケ

「慣れ」の功罪がテーマです。良いところもあれば悪いところもある。しかし投稿を見てもらったら分かる通り、私としては2勝1敗で「悪い」と結論づけたいと思います。だからってどうしようもないんですけど(笑)。

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いのちの車窓から2の書影
いのちの車窓から2 星野 源

「最悪の気分がデフォルトでいい」という話ですね。いや、そうじゃないと逆に変だと思います。例えばビッグマネーを手にして子どもや孫に囲まれた生活をしていたとして、一歩家の外に出たら孫と同じ年齢の子どもが片足で物乞いをしている光景があるとしたら、それはもう幸せなわけがない(正気な人間であればですが)。日本ではそれを目にしないだけで、世界では普通にそれが起こっています。しかも自分がそれに加担している可能性すらある。どう考えても最悪です。それがベースにあった上で、生クリームたっぷりのパンケーキを求めることは許されるだろう、という。

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傷を愛せるかの書影
傷を愛せるか 宮地尚子

これは再投稿なのですが、1年くらい前に最初に書いた時、ぐったりと疲れたことを覚えています。なんかこう、精神にダメージをくらったというか。それに加えて、前回も今回もコメントへの返信が難しい……。簡単には返せるものじゃありません。著者の宮地さんをはじめ、こういった精神面での医療や福祉に携わる人たちが毎日これをやっているとしたら、それはもうとんでもないことだなと。しかし、社会に絶対に必要な存在だと思います。

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私たちはみんな、失敗を知っているの書影
私たちはみんな、失敗を知っている 百万年書房 編

(ややこしい話になります)過去とはつまり、自分史(自分の歴史)なわけですが、これを「デジタル上の文章でできたひと連なりの物語」として捉えるならば、後から自分でいくらでも書き換えが可能です。過去の失敗も、現在成功しているならその要因として位置付け、書き直すこともできます。実際そういう考え方の人もいますし、それが前向きな態度だとされています。でも個人的には、過去とは本来それぞれ独立したものであり、その都度一枚ずつ紙として出力されているイメージなんですよね。書き換え不可能なそれが、折り重なっているのが自分史だというイメージです。積み重なったその「厚み」が大人である、というか……。それを書こうとしたんだと思います。書けてるのかな……。難しかったな……。

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世界音痴の書影
世界音痴 穂村弘

楽しみにしていた映画やライブが始まった瞬間「早く終わらないかな」と思ってしまう。この謎の感情について鮮やか過ぎる解答を穗村さんから得たわけですが、これを抽象化すると「不可解な感情は、多くの場合、身体反応から来ている」ということになります。この気づきが何よりデカい。場違いな感情って、生きていく中でけっこう感じるので。

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世界を、こんなふうに見てごらんの書影
世界を、こんなふうに見てごらん 日高 敏隆

その人の性格は、長い間かけて形成された「心の守り方」であると。つまり生きのびるために、そうならざるを得なかった心の形だということなんですが、まあ極論は極論です。「そういう見方も出来るよね」くらいに捉えてもらえればなと思います。しかも、著者の日高先生が直接的にそう言っているわけではなく、昆虫の身体の構造から私がそう連想しただけの話です。

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わたしの容れものの書影
わたしの容れもの 角田光代

軽く笑ってもらえたらいいなと思って書いたんですが、思った以上の反響でした。「私の母もそう」「私の義母もそう」「私の姉もそう」「私もそう」という声が多く、こりゃもう、ほとんどの女性がそうなんだなと思ったんですが、ひとりだけ「私の父もそう」という人がいて、これは私も気をつけねばならんぞと思いました笑。

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