私たちはみんな、失敗を知っている
編集後記
ほかの回も読む →
(ややこしい話になります)過去とはつまり、自分史(自分の歴史)なわけですが、これを「デジタル上の文章でできたひと連なりの物語」として捉えるならば、後から自分でいくらでも書き換えが可能です。過去の失敗も、現在成功しているならその要因として位置付け、書き直すこともできます。実際そういう考え方の人もいますし、それが前向きな態度だとされています。でも個人的には、過去とは本来それぞれ独立したものであり、その都度一枚ずつ紙として出力されているイメージなんですよね。書き換え不可能なそれが、折り重なっているのが自分史だというイメージです。積み重なったその「厚み」が大人である、というか……。それを書こうとしたんだと思います。書けてるのかな……。難しかったな……。
同じ考え方の人に出会えて嬉しかったです。いつか紹介した「あさひなぐ」の名台詞を思い出しました。
♪ この投稿のBGM
キャリー・ザット・ウェイトThe Beatles
「キャリー・ザット・ウェイト」の意味は、「君は、その重みをずっと背負っていくんだ」です。これしかないと思いました。


ひとことコメント